古関裕而って軍歌の覇王とか呼ばれてたけど 投稿
- 4投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛バカー 08/17(土) 11時20分37秒
- 戦後の文化再興の群像劇の登場人物のひとりが古関裕而なので、この作曲家についても調べたので、少しは知っている。だから、『エール』を見ると、現実の「古関裕而」とドラマの「古山裕一」との相違点が気になって仕方がない。
それをひとつひとつあげていくときりがないので、結論から言えば、話題になった「戦争を真正面から描いた週」は、大半がフィクションだ。
たしかに古関裕而も慰問のために戦地へ行くが、そこで恩師と再会し、その恩師が死んだという事実は、まったくない。あんな危険な前線にまでは行っていない。
戦地から戻った古山裕一は虚脱状態で敗戦を迎えていたが、古関裕而は元気に敗戦を迎えた。
(略)
『エール』では、敗戦直後にラジオドラマの仕事の依頼が来るが断わり、以後、1年半にわたり、曲が書けなかったことになっているが、それもフィクションだ。
現実の古関裕而は敗戦直後は福島にいたが、10月初めに、NHKから連絡があり、ラジオドラマの音楽を受注した。それまでの2ヵ月ほど、作曲していないのは、悩み苦しんでいたからではなく、単に、仕事の依頼がなかったからだ。混乱期で、レコード会社も放送局も、まだ何をしていいか分からなかったのだ。
(略)
実在した人物をモデルにしたからと、すべてを事実に即す必要はない。加工、脚色ももちろん、ゆるされる。
しかし、モデルとなった人物の本質にふれる部分で、事実を正反対にしてしまうのは、おかしい。
敗戦後、古関裕而は軍歌を作ったことに、「複雑な思い」は抱いたとしても、それを悔いたり、自分がしたことに悩んだり、曲が書けなくなったり、スランプに陥ったり、しない。
古関裕而は、早稲田大学の応援歌を作った後、慶應義塾大学の歌も作った。タイガースの歌を作ったかと思えば、ジャイアンツの歌も作った。
同じように戦意高揚の軍歌を頼まれれば作るし、原爆被害者への鎮魂をこめた『長崎の鐘』も作ってしまう。そういう人なのだ。
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