よくわからないけど訃報2人目  投稿
639投稿者:ヾ(゚д゚)ノ゛アホー 06/14(金) 06時04分54秒
<尾崎行雄さん死去>「太く、短く」語りぐさの速球
毎日新聞 6月14日(金)0時50分配信

http://amd.c.yimg.jp/amd/20130614-00000004-mai-000-4-view.jpg
尾崎行雄投手=1972年撮影

 プロ野球の東映、日拓(日本ハム)でプレーし、「怪童」と呼ばれた尾崎行雄さんが13日、68歳で死去した。
高校2年で中退して東映に入りし、入団1年目で20勝を挙げて球団初のリーグ制覇に貢献。さらに新人王に輝くなど、
デビューは華々しいものだった。プロとしての実働は12年だったが、「太く、短く」の野球人生と豪快なマウンド姿はファンをうならせた。

 大阪・浪商高(現大体大浪商)時代では、3季連続で甲子園に出場した。体を弓のようにそらせて投げ込む速球には球威があり、
調子が上がるとカーブは数えるほどしか使わない「剛直型」だったという。

 神奈川・法政二高の好投手、柴田勲(元巨人)との3度の対戦は、名勝負として語り継がれている。浪商の主戦右腕として
甲子園デビューとなった1年目の60年夏は、2回戦で柴田の法政二に敗れた。2年目の61年春は1回戦で17奪三振、
2回戦で14三振を奪い連続完封。勢いそのままに準々決勝で法政二とぶつかり、柴田を上回る11三振を奪ったが再び敗れた。
しかし、同年夏に準決勝で法政二に雪辱。5試合で55三振を奪い、全国制覇を果たした。

 尾崎さんは、その年の秋に浪商を中退して東映入りを発表。1年目に20勝9敗のデビューを飾った。しかし、豪速球を投げ続けた
負担は大きく、プロ入り後は右肩痛に悩まされた。通算107勝を挙げて29歳の若さで引退したが、スピードガンもない時代の
圧倒的な球威はその後も語りぐさとなっていた。【浅妻博之】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20130614-00000004-mai-base


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